SOL’S COFFEE 荒井 利枝子/中島 祥

SOLS COFFEE

荒井 利枝子/中島 祥

コーヒーを通じて探し続ける「偶然の中の幸せ」

SOL’S COFFEE

代表の荒井利枝子が、2009年に22歳で友人と一緒に創業し、現在は蔵前・浅草橋などに3店舗と、福井県若狭町に味づくりを行うLABORATORYを構えるコーヒー専門店「SOL’S COFFEE」。2017年には、のちに夫となる中島祥が店舗マネージャーとして加わった。時間を積み重ねる中で確立してきたSOL’S COFFEEの哲学、その向こう側に見えてきた新たな夢を聞かせてもらった。※文中敬称略

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専門店にこだわるのは、伝えたいコーヒーがあるから

浅草橋駅から蔵前方面へ、オフィスビルと昔ながらの商店が混在する道を歩く。大きな交差点から路地に目を向けると「SOL’S COFFEE ROASTERY」が風景に馴染むように佇んでいた。

扉を開けると、コーヒーと焼きたてのスコーンの香りが同時に押し寄せてくる。店内の奥には焙煎機が置かれ、厨房ではスタッフがテキパキと働いていた。働く音に混じって、ミュージシャンでもある中島が選曲している音楽が軽やかに流れている。お客さんは、長居をするわけでもなく、日常のすき間にちょっとひと息つきにきた、という感じだ。

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今でこそ、一日に何杯もコーヒーを飲む荒井だが、じつはSOL’S COFFEEを創業する直前まで、コーヒーがおいしいと思ったことはなかったという。一方で、なぜかコーヒーとの縁は深かった。14歳のときには、交通事故にあった従姉妹の見舞いに訪れたオーストラリアで、現地のコーヒー文化に触れている。

「従姉妹の友だちが、毎日のようにコーヒーショップに行って、そこで思い思いに過ごしている雰囲気がすごくかっこよかったんです。コーヒー屋に行くことが街の生活に根付いていると感じました。そしてもうひとつ驚いたのが『コーヒーは健康のために飲んでいる』と言っていたことなんです」

「for medicine」。それまで、コーヒーは身体に悪いものだと思っていた14歳の荒井に、その言葉は強い印象を残した。

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高校生になると「その店で、大好きな家庭教師がよく勉強しているから」という理由で、大手チェーンのコーヒーショップでアルバイトを始めた。相変わらずコーヒーのおいしさはわからなかったが、コーヒーショップの雰囲気やバリスタとして働く自分のことは好きだった。それもあって、友人からコーヒー屋をやりたいという話を聞いたとき、軽い気持ちで手伝おうと思った。ところが、友人の父が淹れたコーヒーを飲んだ瞬間、それまでのコーヒーの概念が大きく覆されたという。

「それが衝撃的においしかったんです。『このコーヒーのおいしさをみんなに伝えたい! これを売ることを仕事にしよう!』とそこで決めました。専門店であることにこだわり続けているのは、やっぱり『このコーヒーを伝えたい』という思いで始めたからです」

ここでひとつ、不思議なシンクロニシティがあった。友人の父は『体にやさしいコーヒーはあるのか』という問いからコーヒーを研究していたのだ。

14歳のとき、オーストラリアで「コーヒーは健康のために飲む」と聞いたときの衝撃と「体にやさしい」を追究したコーヒーのおいしさが、図らずも結びついた。だからこそSOL’S COFFEEは、友人とは別々の道を歩くようになった今も「毎日飲んでも体にやさしい」コーヒーを提供し続けているのである。

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「毎日飲んでも体にやさしいコーヒー」とは?

「毎日飲んでも体にやさしいコーヒーってどんな味だと思いますか?」

そう荒井に聞かれた。出してもらったコーヒーをひと口飲んですぐに理解した。角がなく、まろやかで、ふわっと柔らかな口当たり。その後に上品な苦味とほのかな甘みがやってきて、スッと身体に浸透していく。雑味がまったくなく、これで胃が痛くなることはまずないと思える、まさに「やさしい」味だった。

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この味はどうやったら生まれるのか。大切なのが、欠点豆のハンドピックを焙煎前と焙煎後の計2回行うことだという。これも、友人の父に倣って続けているものだ。

「段ボール箱の傷んだみかんと同じで、欠点豆が1粒入るだけで、同じ袋のコーヒー豆50粒に影響してしまいます。体にやさしいコーヒーはクリアさや飲みやすさが大事なので、丁寧にハンドピックすることがとても重要なんです」

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また、「SOL’S COFFEE LABORATORY」を出店している福井県若狭町とのご縁を機に、水の大切さにも気づいた。出店のきっかけは、熊川宿という宿場町の再開発を手掛けていた企業が、インバウンド需要を見込んでコーヒー屋を誘致しようとSOL’S COFFEEに声をかけたことだった。視察に行き、すぐ近くにある名水「瓜破(うりわり)の水」でコーヒーを淹れてみたところ、あまりのおいしさに驚いたそうだ。

「瓜破の水は超軟水で、口当たりがすごくまろやか。コーヒーの個性がしっかり感じられる水なんです。それまでいろいろな焙煎やコーヒーの淹れ方を研究してきましたが『そういうのどうでもいいんだな! 水だな!』ってなりました(笑)。それで、ぜひこの水で味をつくっていきたいと、LABORATORYと名づけて出店することにしたんです」

コロナ禍の影響で、当初見込んでいたインバウンド需要はゼロ。しかし、地域の人々や国内の観光客が利用してくれており、経営は極めて順調だという。

コーヒー屋にとって大切なことは、コーヒーのおいしさに加え「地元に愛され、街に根付くこと」だと荒井は考えている。LABORATORYでは、荒井らが始めたイベントは今では地域の人々によって自主運営され、大人気になったりもしているそうだ。常連客も増え、その賑わいは、荒井の感覚が間違っていなかったことを示している。どれだけ小さな街であっても、コーヒー屋は求められ、根付くことができるのである。

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“お客さま理想”の1杯を提供する

街のコーヒー屋として愛されるために、全スタッフに伝えているSOL’S COFFEEのミッションは「セレンディピティ体験を通して“お客さま理想”の1杯を提供する」ことだ。たとえば、好みや体調、その日の気分などをコミュニケーションを通じて把握し、コーヒーの淹れ方を変えることもあるのだという。

「よくあるのは『熱め』というリクエストですね。熱いほうが好きな方に『いやいや、それは違います』とは絶対に言わない。バリスタの技術で『そうそう、これ!』と言ってもらえるコーヒーに近づけるように頑張っています」

「熱めにするとせっかくのフレーバーが飛んでしまうと言われていますが、どうしたらそうならないかを考えてやっています」と語るのは、店舗運営と焙煎を担当する中島だ。焙煎のこだわりを聞くと「特にないです(笑)」という言葉が返ってきた。

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「コーヒー専門店って、入りづらいところがあると思うんです。SOL’S COFFEEは、そうならないようにこだわりすぎないところがこだわりですね。もちろん、コーヒー豆のポテンシャルや毎日飲んでも体にやさしいこと、お客さんの期待に応えることにはこだわっています。でもそれよりも、偏屈にならず、間口を広くすることが大切だと思っています。たとえば今、SOL’S COFFEEでは8種類のコーヒー豆を扱っていますが、それは常連のお客さんの好みや要望をもとに味をつくってきた結果なんです」

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すべては「“お客さま理想”の1杯のため」。だからこそ、スペシャルティコーヒーを扱いながらも、常連客からの要望が多い、コクや深みが出る焙煎をすることが多いという。

「スペシャルティコーヒーは、焙煎をしっかりしすぎるとフレーバーや個性が失われるとされています。でも僕らは、焙煎の仕方を超えて、フレーバーがきちんと残るコーヒー豆はあると思っているんです。そして、そういうコーヒーをつくることこそが、僕らの挑戦なんですね」

「…あれ、今の話だと結構こだわってますね」と中島が笑う。

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二人の子の出産・子育てを経て、物理的に現場に立つのが難しくなったことと、中島が店舗マネージャーとして入ったことで「いい意味で仕事を奪われました」と荒井は言う。そのおかげで、創業してから初めて時間にゆとりが生まれ、長年の夢だった農園への旅も実現できるかもしれないと感じている。

荒井はもともと旅が好きだった。そして、世界各地の農園に仕事で行けることが、コーヒー屋を続ける大きなモチベーションの一つだったという。しかし実際にお店を始めてみると、日々の営業をこなすのに精一杯で、とても農園に足を運ぶことなどできなかった。

「店を守るだけだと視野がどんどん狭くなりますし、アウトプットできるものもだんだんなくなっていきます。だからこそ旅は大切で、これからはいろいろな場所に行って、新しいものをたくさんインプットしていこうと思っています。お店の成長のためにも常に変化していく柔軟さをもちたいですし、挑戦し続けていきたいです」

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創業から12年が経ち、ようやくインプットに目を向ける余裕ができた。荒井が自由な自分を取り戻すことは、SOL’S COFFEEの成長にも結びついていく。

「旅もそうですが、日々の中でお客さんやスタッフから新しい情報がもらえるような人間関係を築くことは大切です。働いている人がいかに働きやすいか、どんなやりがいのある仕事を提供できるかを考えて、うちではスタッフ全員が焙煎できるようにしています。得意なことは誰よりも頑張ってもらい、不得意なことは無理にやらなくていいとも思っています。コーヒーはツールで、それをきっかけに農園や地方の人、スタッフやお客さんと心地よくつながっていくことが大事なんだと思います」

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「もがいている過程」こそがセレンディピティ

店名のSOLは「セレンディピティ・オブ・ライフ」の略称だ。荒井は、高校生の時に観た映画で「セレンディピティ」という言葉を知った。そして、その意味「偶然の中に幸せを発見する才能」というのが、どうもピンとこなかったことから、その意味を考え続けてきた。そして「私の人生はセレンディピティという言葉の意味を見つけるためにあるんじゃないか」と語る。

「セレンディピティに答えはない」と言う荒井に、あえて聞いてみた。これまでずっとセレンディピティとは何かを考え、今、この瞬間に思うセレンディピティとは何なのか。

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「ニュートンは、ずっと重力を研究していたからこそ、りんごが木から落ちたのを見たときに『これが重力だ!』と気づきました。それと同じで、私がこれがやりたいと思って、たくさん話したり調べたり書いたりしていると、不思議と答えを導いてくれる人に出会えたりするんですね。

そんなふうに、やったらやったぶんだけ道が開けていく。その『もがいている過程』こそがセレンディピティなのだと思っています。つまり、努力した先にあるもので、ただ待っていても向こうからはやってこない。そもそも、その方向に意識を向けていないと、出てきたものが答えかもしれないということにすら気づけないと思うんです」

「じつは最近もね、あったんですよ」と荒井と中島が顔を見合わせる。

一度は諦めた「焙煎機をつくる」夢の実現を目指す

今年に入り、鉄骨屋をやっていた父親に、日本の溶接の技術を使って焙煎機をつくれないか相談していたという荒井。しかし、話が具体化する前に、父親は亡くなってしまったそうだ。夢は実現することなく終わり、一抹の後悔が残った。ところがつい最近、思いがけない出来事があって、事態は動き出した。中島が続ける。

「先日、日本じゅうの焙煎機の設置や修理を手掛けている職人の方に、焙煎機の修理を依頼したんです。そうしたらその方が、下町の職人という感じで、見た目も雰囲気も荒井のお父さんそっくりだったんです。一瞬お父さんが生き返ったのかと思うぐらいでした。

それで『来週の定休日に修理してください』とお願いしたら『来週、がんで入院するから明日でいい?』と言われたんです。お父さんとも重なって、その場にいたお客さんもスタッフも、全員泣いちゃったんですよね」

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「おれが休んだら困るだろうから」と、入院する直前まで働いてあちこちのお店の焙煎機をメンテナンスしようとしていたその人の姿は「まるで父と同じでした」と荒井は振り返る。加えて中島は、そこにコーヒー業界の課題も感じた。

「コーヒー業界は、バリスタみたいに華やかな仕事もあるけれど、機械のメンテナンスのための職人も必要です。でもそこは全然人が足りず、このままだと後継者がいなくなって技術が失われていくという危機感を、そのときに強く感じたんです。それで今、改めて焙煎機をつくる計画を実現しようという話が出ています。

これが最近の大きなセレンディピティ体験ですね。すごく啓示的というか運命的というか。僕は、そういうことを受け入れていく態度がセレンディピティなのかなと思います」

荒井は言う。

「私もまさか、鉄骨屋の娘であることがコーヒー屋につながる日がくるとは思っていませんでした。人生に無駄なことはないですね。街のコーヒー屋が焙煎機をつくるなんて突拍子もないことに思えるかもしれませんが、目の前にあるチャンスやメッセージを見つけてそれを拾いながら進んでいける、そういうところが私たちらしいなと思っています」

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荒井も中島も、そのときどきの出会いや体験を素通りすることなく心に刻み、もがきながらも確信をもって答えを選び取ってきた。その努力と世界を見つめる実直な眼差しが、多くの人の日常と結びつき、たくさんのセレンディピティ体験を生み出してきたのだろう。焙煎機が完成するその日を、楽しみに待ちたい。

文:平川 友紀
写真:Kenichi Aikawa

MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」

荒井:このクッキーならこのラテ、このランチならこのコーヒーというように、ペアリングで飲むコーヒーを決めています。それがうまくハマったときは本当に嬉しいですし、感動しますね。

中島:バンドマン時代、朝まで飲み明かした後、オープン直後のSOL’S COFFEE ROASTERYにお客さんとして来ていました。ここの出窓から出してくれた朝イチのエスプレッソのおいしさは忘れられません。そのせいか、今も朝イチで飲むエスプレッソは好きですね。

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