昨日よりも幸せな今日をつくる。消耗しないあり方を探して

安井 丈拓(タケ)

東大発・バイオベンチャーの雄とも呼ばれる「ユーグレナ」に新卒で入社し、従業員10人から数百人規模まで成長する軌跡を経験してきた安井丈拓さん。2023年6月にTYPICA入社後は、世界5拠点のコミュニティマネージャーの統括や経営企画、資金調達などを担当してきた。

生産者とロースターをダイレクトトレードで媒介するTYPICAのプラットフォームを利用すれば、事業の規模が小さいユーザーや知名度がないユーザーでも、努力や成果に見合う対価や理想的なパートナーを得られやすくなる。創意工夫によって、皆が昨日より幸せになれる状態をつくるTYPICAの在りようは、安井さんが子どもの頃から描いてきた理想とも重なっている。

アンラーニングでとらわれから抜け出す

2023年1月、スタートアップのピッチコンテストに参加したTYPICA代表・後藤のプレゼンをオンラインで見たとき、安井は衝撃を受けていた。《前時代的な商慣習が残るコーヒー業界を革新し、コーヒーのダイレクトトレードを民主化する。2030年までに質、量ともに世界一のプラットフォームにする……》語り手であるTYPICA共同創業者の後藤は、そんな未来が訪れることを一ミリたりとも疑っていないように映ったからだ。

ユーグレナでは経営企画など、重要な役割を任せてもらえるようになったことに喜びややりがいを感じていた。それでも一日中、Excelと向き合うデスクワークが続く中で、自分が想像以上にストレスを感じていると自覚したのは、妻から「最近、なんか疲れきってるね…」と指摘されたときのことだ。

「そんなタイミングだったからか、後藤さんと話をしているうちに胸が熱くなり、挑戦してみたいという気持ちが抑えきれなくなったんです。もしそこでTYPICAと出会っていなければ、僕は今もユーグレナで働き続けていたと思います。

TYPICAに入って驚いたのは、際立った個性と強い情熱を持っている人が多いこと。皆が自分の個性を発揮するとぶつかり合って収拾がつかなくなるという一般論があるけれど、TYPICAでは不思議とそういうことが起こっていません。

なぜなんでしょう? 組織が成長していく過程で、必要なポストに合うスキルを持った人を採用するのが一般的ですが、TYPICAはその人の経験やスキルだけじゃなく、人間性や思いも同等に重視する傾向があるからかもしれません。『TYPICAの中のその人でもあり、その人の中のTYPICAでもある』と社内でも言われていますしね。

今は社長室の一員として、働く一人ひとりが日々充実した生活を送り、それぞれの可能性を最大限発揮できる“超企業”のフォーマットづくりを進めているところです。まずはメンバー一人ひとりがヒーロー/ヒロインになり、チームとして成功するための環境や仕組みを整えていきたいと思っています。

加えて、TYPICAには本当に素直な人が多いというのも、驚いたことのひとつです。だからこそ、自分はまだまだ固定観念にとらわれているんだなと自覚させられる機会も多いんです。無茶に思える後藤さんのリクエストに対して、普通に考えたらその期日では無理じゃないか、今のこの拠点の状況だとこの数値目標は厳しいんじゃないか……などと否定から入ってしまう癖がある。後藤さんからはよく『また不純安井が出てるで』と言われていますが、この半年間でも少しずつ変わっているように感じています」

本気で信じていれば道は開ける

現在、数百人の従業員を抱え、国内外に多数の拠点を展開する東証プライム上場企業・ユーグレナだが、2009年、安井が新卒で入社した当時は社員10人程度、海の物とも山の物ともつかぬベンチャー企業だった。形になっている事業は限られていたが、『ミドリムシで地球を救う』と心から信じる創業者の出雲充に共感し、そこに自分も携わりたいと思ったからだ。

だが入社してみると、想像していたよりも会社は混沌としていた。入社式の当日に希望退職者を募るなど、まだ売上も立たず会社は苦しい局面に立たされていたが、辞めようという思考には至らなかった。経験もノウハウもなかったが、たとえ微力でも会社に貢献できればと、入社2日目からはテレアポによる営業に走り回るようになった。

「その時期は会社が今後どうなっていくのか先行きが見えず、経営陣もほとんど給料をもらえない状態でした。もしネガティブに考えれば、絶望的になったかもしれませんが、根が楽観的というか、何も考えていないからでしょうか。何とかなると思っていたんです。

そんな状況でも、出雲さんには悲壮感や焦燥感は微塵もなかったですしね。『いずれうちの商品がコンビニやスーパーで買えるようになる』『いずれ自分たちで作ったバイオジェット燃料で飛行機が飛ぶ』『いずれユーグレナは上場する』と一点の曇りもなく言い切っていた。そこはTYPICAの後藤さんと重なるところがあります」

実際、そこで底を打ってからは好転するのみだった。売上は倍々ゲーム的に増加し、3年後の2012年には東証マザーズに上場、2014年には東証一部に市場変更を行うなど、会社は快進撃を遂げていった。当時、出雲が語っていた青写真は今、型でくり抜いたようにそのまま現実になっている。

その中で安井は、OEM事業のマネージャーとして大手製薬会社、健康食品メーカーなどの商品開発に携わり、株式上場前後の急成長に貢献。食品飲料メーカーとのコラボレーションを数多く実現し、小売業者との共同プロジェクトを通じて素材を世間にヒットさせた。

大手総合商社に出向していた3年間も含めれば、安井は14年間、ユーグレナに在籍した。新しい事業やビジネスモデルが生まれるとともに、会社も十数社に増え、従業員は10人から数百人規模にまで拡大。大企業との取引も増え、自社の組織や制度も確立していく……。組織のあらゆるフェーズや規模感を経験できたことは、安井の財産になっている。

「本気で信じていれば物事は成されるのだと身をもって学ぶことができました。おそらく他の会社よりも、小さいものから大きなものまで、失敗も成功もたくさん経験できたことで成長できたと思っています」

仕組みと仕掛けで社会を変える

誰に頼まれずとも、誰に促されずとも、自分で校内新聞やボードゲームをつくっていた小学校時代。パソコンで近所のたこ焼き屋のチラシをつくった中学生時代……。安井は子どもの頃から、何もない公園に遊具をつくっていくように、まだ存在しない仕組みや仕掛けを創り出すのが好きだった。小学校時代の友人から「他の人がやらないことをやって、みんなを巻き込んでたよね」と言われ、改めて当時を思い出したのは最近のことだ。

「かっこよく言えば、プラットフォームみたいなものをつくっていたんだと思います。校内新聞でいえば、自分で記事を書くこともあったけれど、絵を描くのが得意な人や意欲のある人に漫画や記事を書いてもらったり、クラスの誰かを取り上げて光を当ててみたり。人が活躍できる場づくりが目的だったので、自分で一から十までやるのではなく、みんなが参加できる余白をつくるようにしていました。

小学校だと、足が速い子やサッカーが上手な子が脚光を浴びるじゃないですか。わからないけれど、そういったことが得意じゃない自分が人を惹きつけることは何かないか、と考えていたのかもしれません。動機はどうあれ、自分が生み出したものに人が集まってきて、喜んでくれることは率直にうれしかったですね」

本当は主流に憧れていたのか、そもそも主流に興味がなかったのかは定かではない。大学入学後、安井はテニスサークルのような主流ではなく、起業家に憧れ、多数の会社でインターンをして、経営者に会いまくるという傍流を選んだ。

「今思えば、イタい学生だったなと。起業家に会って話したことがある、というだけで、自分が特別な存在になれた気がしていたんです。“学生だけど、バイトをしたり、遊んだりするのではなく、高い意識を持って行動している”自分に酔っていたんだと思います」

その後、安井は、環境ビジネスやライフプランニングを創造する団体を立ち上げたり、コアメンバーの一人として、世界中の大学生を京都に集めて環境政策を話し合う国際サミットを開催したりと、徐々に本当の自分を取り戻していった。

就職活動に臨んだ頃にはもう、起業家への淡い憧れは消えていた。自分が人生をかけて大切にしたいものは何か、問い直した安井の中で、世の中をいい方向に変える仕組みや仕掛けをつくる側にいたいという意思が定まっていた。

「川でたとえるなら、力を持っている人や既得権益がある人だけが水をたくさん使えるのではなく、みんなが使えるようにするための水路を張り巡らせる人になりたい。どうせ何かをやるなら、みんなの暮らしが昨日より豊かになって、幸せになることをしたい。そう考えていた僕にとって、ユーグレナ(和名:ミドリムシ)は水と二酸化炭素さえあれば育つ微生物で、栄養素にもなれば、化粧品にもなるし、プラスチックにも航空燃料にもなる。用途が幅広いので、社会に広くインパクトを与えられるところが魅力的だったんです。

社会に与えるインパクトという点では、コーヒーにも似たところがあります。むしろ、コーヒー関係の仕事に従事する人の多さやコーヒーの消費量、変革の余地が大きい業界の現状を思うと、よりそのスケールは広げられるかもしれない。そんな仕事を成し遂げてみんなで喜びや苦労を分かち合うというか、ハイタッチしたくなるような瞬間を僕はTYPICAで創り出したいんです」

消耗せずに生きるために

《将来的には、TYPICAが媒介したコーヒーを扱う飲食店が世界中に存在している。世界各国で、ロースターと生産者など、コーヒーに関わる人たちが肩を組みながら満面の笑顔で写真に収まっている……》そんな青写真を見据えながら、安井は今、日々の仕事に取り組んでいる。

「生きていたら心配事もあるし、ビジネスをしていたら数字に追われる。コーヒー生産者やロースターだって、自分の生活がかかっている上に、悩みやストレスは尽きないと思います。人が幸せな気持ちになって心からの笑顔がこぼれるのは、そういった感情から解放されたときだと思うんです」

「あらゆるものは陳腐化する」と言ったのはピーター・ドラッガーだが、市場が成長すればするほど、参入プレイヤーは増え、競争は激化していく。いったん価格競争に突入したが最後、あとは消耗戦を繰り広げるしかない。好むと好まざるとに関わらず、それが資本主義というものだ。そのレッドオーシャンから抜け出すには、まだ世の中にない新しい価値を生み出し続けるしかない。

「コーヒー生豆の流通市場は、これまで資金力のあるプレイヤーや豊富な情報量を持つプレイヤーに支配されていました。実需とは関わりのない先物市場価格が幅をきかせていたところもあります。

そんな市場において、生産者とロースター、生活者が直接つながれるまったく新しいビジネスモデルを生み出したTYPICAなら、不毛な消耗戦をせず、前向きに挑戦し続けられる。もし今後、競合が出てきたり、陳腐化してきたりしたら、また新しい仕組みや仕掛けをつくればいいのだと思います。

思えば僕は、限られた資源やパイを奪い合って消耗したり、誰かを犠牲にしたりしない生き方、あり方をずっと探してきたのかもしれません。理想主義的かもしれないけれど、創意工夫して昨日よりも幸せな今日をつくり、新しい価値を生み出し続けていれば、みんな疲弊せず、おのずと世の中がいい風に変わっていく。そんな未来を僕は信じているんです」

写真:Kenichi Aikawa