Rusty Nails Coffee Roasters ラスティ ネイル コーヒー ロースターズ/レネ・クラロビッチ

Rusty Nails Coffee Roasters

ラスティ ネイル コーヒー ロースターズ/レネ・クラロビッチ

「痛みの伴わない成長を」コーヒーでつくる“分断なき世界”

チェコ・プラハの住宅街に焙煎所を構えるRusty Nails Coffee Roasters(以下、Rusty Nails)。カフェやレストランへの卸売が主軸だが、一般消費者向けにECサイトや焙煎所内の小さなエスプレッソバー「Grounds」も運営している。

2015年、友人とともにRusty Nailsを創業したのが、スロバキア出身のレネ・クラロビッチだ。客室乗務員の仕事を経て、コーヒー業界に足を踏み入れたレネにとって、「今も飽きることがない」コーヒーはどんな存在なのか。コーヒーを通してどんな世界を実現したいのか。胸に宿すその思いを聞いた。

態度が問題

味気なく感じるほどシンプルな商品パッケージに、戦略的なマーケティングの匂いを感じないSNSの投稿。まるで「飾ることに興味がない」と宣言するかのようなRusty Nailsの“態度”には、レネの思いが息づいている。

「スペシャルティコーヒー業界も競争が激しくなってきていますが、自分たちの特色や他との違いを打ち出すことはフェアじゃないなと。もちろん自分たちなりのやり方はあるけれど、特別すぐれているとは思わないですから」

もうすぐ創業7年を迎えるRusty Nailsだが、これまで積極的に営業をかけたこともなければ、営業担当者を配置したこともない。卸売の顧客はすべて、口コミやイベントへの出店がきっかけで取引が始まったのだ。

「できる限り品質を高め、カスタマーサービスを充実させた結果、お客さんが見つかればラッキーという感覚でこれまでやってきました。お客さん側から私たちを見つけてもらう方が、関係性を築きやすく、より深いつながりを持てると思っています。

それが私たちにとって、自然でサステナブルな成長の仕方なのです。爆発的に売れることはありませんが、毎年徐々に売上が拡大しているのがその証拠。コロナ禍まっただ中の2020年も、新しい卸先とのつながりができたことで売上を落とさずに乗り切れましたし、2021年には売上が伸びています」

Rusty Nailsが卸売を主力事業と位置づけているのは、「ボリューム(取引量)」を最優先しているからだ。

「小売やEコマースは、利益を出しやすいかもしれませんが、生産者とパートナーシップを築こうと思えば、ボリュームを出せる卸売が一番有効です。私たちは、たとえその年の作物の出来があまりよくなかったとしても、毎年同じ生産者から仕入れ続けますし、適正価格を一度決めたら、まずはそれを守るために力を尽くします。

もし、そのコーヒーがRusty Nailsの求める水準に達していない場合、仕入れ価格は変えずに、販売価格を下げるのです。そのぶん、他の高品質なコーヒーの利益を増やしてバランスを取る。少なくとも、生産者にしわ寄せがいかないようにしています。年によって品質に差が出ることが自然ですからね」

といっても、「カッピングスコアが85点以上のコーヒーのみ扱う」という原則を破ることはない。そこでRusty Nailsでは、2021年から公式に “Baseline Coffee”というセカンドラインを設け、スペシャルティグレードであれば84点以下のコーヒーでも購入するようにしたのだ。

「そうすればパートナー生産者との取引量を増やすことができるので、より強固なパートナーシップの構築につながります。『世界一のロースター』などの称号を得ることは名誉かもしれませんが、同時に重荷にもなりうるもの。『世界一』を守るために常に最高品質なコーヒーを提供し続けることにフォーカスすると、生産者との取引はサステナブルではなくなるでしょう。カッピングスコアは、コーヒーの一面にすぎません。スコアが低いという理由で生産者を見捨てるのは、私にとってまったく“スペシャルティ”ではないのです」

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白黒つけられない「コーヒーの世界」

Rusty Nailsは、オランダのThis Side UpやノルウェーのNordic Approachといった生豆商社と、創業間もない頃から取引を続けている。販売価格の内訳をすべて公にするなど、透明性を徹底し、一度取引した生産者との関係は断ち切らない。そんなスタンスを貫くThis Side Upの創業者・レナートをはじめ、業界の先人たちからの学びが、レネの一部になっている。

「Nordic Approachでセールスを担当するアレクに言われて心に残っているのが、『コーヒーの世界は白黒はっきりしていない。間にたくさんのグレーがある』ということ。スペシャルティコーヒーに関わる人たちは、ともすれば『スターバックスはひどい』などと言いがちです。でも、彼らはルワンダの小規模生産者をサポートするために、ウォッシングステーションを整備するプロジェクトに出資し、そこで精製されたコーヒーの大半を仕入れていたりする。

小さなロースターと大企業は、分断された二つの異なる世界ではありません。私たちは、ある意味すぐ隣で仕事をし、生きているのです。誰かを責めるのは簡単ですが、その背景を知れば見方が変わることは往々にしてあるでしょう。だから私は、機会があれば『今飲んでいるコーヒーや仕入れたコーヒーが、実は大企業のおかげで手に入るようになったのかもしれませんよ』と投げかけるようにしています。

現実として、スペシャルティコーヒーに注力している生産者がつくる生豆のなかには、品質が低いものもありますから。そういう生豆にも買い手が必要なので、缶コーヒー、インスタントコーヒーに使われるローグレードやコマーシャルの市場がなくなることはないでしょう。コーヒー業界のありのままを受け入れることも必要だと私は思っています」

知らなかった頃にはもう戻れない

チェコスロバキア(現・スロバキア)西部の小さな村で生まれ育ったレネを、コーヒーの世界へといざなったのは父である。イタリア文化に魅了された父は、イタリアからコーヒーを仕入れ、自身が経営するコーヒー店やレストランで取り扱っていたのだ。レネが生まれて初めて飲んだのも、イタリア特有のコクがあって苦いコーヒーだった。

「でも、どのコーヒー豆も似たような味がして、おもしろみを感じられませんでした。ただそれは、彼らが『一年を通して味が変わらない、標準化されたコーヒー』を目指していたからです」

19歳のときに客室乗務員になり、異国に降り立つ機会が増えたレネの好奇心や探究心をくすぐったのは「ものによって味が違う」コーヒーの世界だった。それはやがて、コーヒーはもっと多彩な味を秘めているはずだ、という確信に近い思いへとつながっていく。

「スペシャルティコーヒーが教えてくれたのは、テロワールによって生まれるその土地で育ったコーヒー本来の味です。一度、舌の味蕾がより高品質なものに慣れてしまったが最後、もう後戻りはできなくなったのです」

そんなレネを向かうべき道へと導いたのが、20歳の頃に出会った友人・ピーターだ。「チェコ第2の都市・ブルノでコーヒー店を開いて、特別な空間を提供したい」という展望を描くピーターにとって、HoReCa業界(ホテル・カフェ・レストラン業界)に馴染みがあるレネは、パートナーとしてうってつけの人材だったのだろう。レネに「手伝ってほしい」と声をかけたのである。

すでに焙煎に興味を抱き始めていたレネにとっても、渡りに舟だった。その誘いを快諾したレネは、2014年、ピーターとともにSKØG Urban Hubをオープンし、自家焙煎を始めた。他のカフェやレストランへの卸売を始めるためにRusty Nailsを立ち上げたのは、2015年10月のことである。

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ダウンサイジングが必要だった

SKØG Urban Hubで手応えをつかんだピーターとレネは、チェーン展開を見据えて、プラハでコーヒースタンドTypika coffeeをオープンした。当初より別の場所や規模が異なる店舗にも応用できるようにオペレーションを設計していただけに、プラハでの2店舗目の出店もスムーズだった。

だが、Typika coffeeの3店舗目となるポーランド・ワルシャワでの出店を検討し始めた頃、成長軌道に乗る会社の経営状況とは裏腹に、レネの心はすさんでいった。

「当時、雇っていた従業員は一番多いときで50人(アルバイト含む)。あまりに大きくなりすぎて、カウンターに立っているスタッフが誰なのかわからなくなっていました。おまけに人をマネジメントするための部門がたくさんありすぎて、自分の事業だと思えない。その状況に耐えられなくなったんです」

自分が会社を去るか、身の丈に合うように会社をダウンサイジングするか、レネの脳裏に浮かんだのはその2択だった。だが、従業員の生活を思えば、ダウンサイズという選択は現実的ではない。そう考えたレネはピーターと協議した末、分社化し、レネは焙煎所を、ピーターはカフェを継続させるという結論を下したのである。

それから約3年。現在、再出発したRusty Nailsを前進させているのは、レネを含めた5人のメンバーだ。

「各々がプロフェッショナルで、コーヒーの世界で生きていきたいと考えている人ばかりです。人を雇うときは自分で面接ができるのが、この規模感のいいところ。Rusty Nailsは人生を懸けてやっていきたい会社なので、ここで働いている人たちとも深くつながっていたいんです。ちなみに、ピーターの会社とも取引先としていい関係を保っていますよ。

私は焙煎機の前に12時間立ちっぱなしでも苦にならない人間です。毎回いい塩梅に焙煎しなければならないという緊張感を味わいながらのチャレンジが好きですし、集中して、神経が研ぎ澄まされている感覚も心地よいものです。だから、新しいコーヒーを焙煎するときや、新しい収穫を得たときは、いつも心が躍るんです」

急速な成長に伴う歪みからダウンサイジングへと舵を切ったレネだが、現状にとどまるつもりはない。ゆるやかな成長を志すRusty Nailsでは今、小規模なコーヒー店をオープンする計画を立てている。アットホームなチームの雰囲気や管理しやすい体制は崩すことなく、2、3人の新しいメンバーを採用する予定だという。

「これまで着実に成長し続けてきたとはいえ、まだまだちっぽけな存在なので、もっと規模を大きくしたいと思っています。やっぱり生産地により大きなインパクトを与えるためには、取り扱う量を増やさなきゃいけない。でも、あくまでも自然でサステナブルに。痛みを伴わない速度で成長していくことが前提です」

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コーヒーという“共通言語”

スロバキアの小さな村をルーツとするレネにとって、日本のアニメや漫画が子どもの頃の楽しみのひとつだった。レネは1988年生まれ。10代の頃、インターネットはすでに世の中に登場していたものの、アクセスできる情報には限りがあったため、異文化に触れる機会はそれほど多くなかった。

高校卒業後は近隣の大学に入学したレネだが、肌に合わず半年で休学。外国を訪れて視野を広げるべく、アイルランドのダブリンに移住し、客室乗務員の職に就いた。そんなレネにとって、旅をしながら生きるような暮らしはかつてないほど刺激的だった。

「仕事ではよく中東に飛んでいましたが、タイやマレーシア、インドネシアなど、東南アジアを初めて旅したときの思い出が一番印象に残っています。ヨーロッパとはまったく違う文化に触れる経験はすばらしく、自分のコンフォートゾーンを広げられました」

異質なものに触れることが旅の本質だとすれば、コーヒーを追求することもまた旅と言えるだろう。だが、旅はレネにとってあくまでも手段である。遠くにいるようで近くにいる、そんな感覚を味わうために、レネはまた旅に出るのだ。

「コーヒーは世界共通の“言語”だと思います。クアラルンプールでもジャカルタでもケープタウンでも、スペシャルティコーヒーを扱う店に立ち寄れば、コーヒーの話題を切り口に始まったバリスタとの会話は、瞬く間に盛り上がります。自己紹介をしなくても、コーヒーの飲み方や注文の仕方などで、一般客ではないと伝わるのでしょう。

コーヒーを通じて、初めて会った人と瞬時につながり、世界中に広がっているコミュニティーの一員だと感じられる。こんなにすごいことが現実に起こるのは、間違いなく、コーヒーの持つ特別な力のおかげでしょうね」

文:中道 達也

MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」

最近は、クレイジーな精製方法でつくられたコーヒーが溢れていて、手に負えなくなっています。私は味覚を広げるために、あるいは味を試すという意味でもそういったコーヒーも飲んでみますが、結局はウォッシュドに落ち着きます。いつも産地のテロワールを感じさせてくれるウォッシュドが何よりも好きな私は、古風な人間なのかもしれません。

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