Mountain Harvest Kenneth Barigye

Kenneth Barigyeケネス・バリジェ

Mountain Harvestマウンテン・ハーベスト

ステレオタイプを覆せ! ウガンダへの恩をコーヒーで返す

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestで精製01

「ウガンダ産コーヒー=低品質」。業界に浸透するステレオタイプを壊すべく、2017年にウガンダ東部で産声をあげたのが輸出会社のマウンテンハーベスト(以下MH)だ。高品質なスペシャルティコーヒーを安定的に生み出すために創業時より業務の標準化を進め、地域のコーヒー人材養成や国外からの専門人材確保に力を入れてきた。その甲斐あって、MHが扱う生豆は品質を競う全国大会で4年連続の優勝を飾った。創業者のケネスは「コーヒーが市場価格の2倍以上で取引されること」を目標に掲げる。

「MHは単なる輸出会社ではなく、ウガンダの現状打破に挑むチーム」と力を込めるケネスは現在、アフリカファインコーヒー協会(AFCA)のウガンダ代表を務める。品質保証を司る米国出身のCOOニコとともに、将来のリーダー育成にも注力している。36グループ約800人の小規模生産者と手を組み、業界で存在感を放つチャレンジャーはどのような野望を抱いているのだろうか。

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestにてコーヒーチェリーを収穫

ネガティブなイメージを塗り替える

ウガンダはエチオピアに次ぐアフリカ第2位のコーヒー生産国だ。国民の4人に1人がコーヒーを収入源とし、貿易でも輸出額の約2割を占めている。ウガンダコーヒー開発局(UCDA)によると、コーヒーの年間輸出額は8億3700万ドル(2021年8月〜22年7月)で前年同期の1.5倍となる最高額。その一方で、ウガンダ産コーヒーにはネガティブなイメージがつきまとっているとケネスは言う。

「見せ方が一因で、ウガンダは質の低いコーヒーの生産地と見られています。コーヒーのサンプルをかばんから取り出して輸出業者に渡した時、梱包方法を見ただけでどこから来たコーヒーなのかと疑われたこともあります。でも本当は違う。素晴らしいコーヒーがあるのに、政府も企業も生産者もブランディングに力を入れてこなかっただけなんです」

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestのケネス、農家たちとともに

コーヒーは稼げないというイメージから、農業を諦めて都市部でバイクタクシーの運転手になる若者も多い。汚名返上のためには品質を高めるしか道はない。MHが目をつけた東部のエルゴン山麓は火山灰性の肥沃な土壌が広がり、日照と降雨に恵まれた好適地だ。適正な価格で取引ができれば生産者が必要とするサービスを提供できる。そう信じたケネスは創業当初から品質にフォーカスしてきた。

とはいえ、現実は厳しかった。付加価値を高めるための生産コストは販売コストの倍近くかかり、生産者は「生産するパーチメントの量を増やせば増やすほど赤字が膨らむ状態」に。品質の高いパーチメントの栽培を奨励したNGOなどが支払い義務を全うしないままこの地域から撤退した過去があるからだろう。生産者はケネスらへの不信感を隠そうとしなかった。

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestでカッピング

信頼を勝ち取るには人も技術も足りなかった。ケネスは現場にプロ集団を作るため、アメリカやブラジル、コロンビアなどから専門家を招いた。ニコもその一人。サステナビリティや品質を重視したコーヒービジネスの経営など10年以上の業界経験がある彼女は、品質管理とマーケティングの責任者として加わった。

ニコ「私の役割は種の管理から精製まで全ての過程を標準化することです。ゼロからイチをつくり出すために、チーム全員で取り組んできましたね。標準化できれば誰もが専門性を磨けるようになるからです。

現実として、まだまだ紙とペンが主流の農園ではデジタル化が難しいところもあります。それでも私たちは、最終的に自動でデータを分析できるレベルまで持っていきたい。一貫性のあるコーヒーを生み出すには、年度や地域が違っても再現できるようにするためのシステムが不可欠ですから」

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestの生豆

MHの出品したコーヒーが全国大会で4年連続で優勝したことは、その企業努力の賜物だ。1kg当たり2.86ドルだったMHの生豆はこの5年で7.48ドル(2022年)の値が付くまでに商品価値は高まった。その成果もあり、生産者にはパーチメント1kg当たり3.2ドルの支払いを実現した。パーチメント1kg当たり1.5ドルを支払っていた5年前の2倍以上だ。

ケネス「生産者たちが努力して品質を高めているにもかかわらず、私たちがいいバイヤーを見つけられず、また元の値段に戻ったらどうしようーーという悪夢を現実化させないためにも、品質に見合う価格、そして生産コストより高い価格で買ってくれる良きバイヤーを見つけることが私たちの責任なのです」

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ウガンダのコーヒー農家

コミュニティに貢献しうるサービスを

生産者がMHを選ぶ主な理由は、目に見える成果を得られることだ。無担保で少額融資を行うマイクロクレジットはその一つ。銀行口座を開設したことがなく、土地の所有権を持たない小規模生産者は信用がないため、金融サービスにアクセスできないのだ。

また、他のエリアの生産者はコーヒーを届けてから代金を受け取るまで3日から数週間のタイムラグがあるのが一般的なのに対し、MHでは生産者がキャッシュフローを改善できるように、コーヒーの受け渡しと同時に代金を支払っている。コーヒーのバリューチェーンにおいて、輸出業者が報酬を受け取るまで生産者に支払いが行われないことは珍しくない。だが、MHにとってこれは受け入れ難い慣習だった。

収益を生産者が最大限活用し生産のサイクルをよりよく理解できるように、MHでは金融リテラシーを高める教育プログラムも導入した。生産者は現金が手に入れば立派な屋根を新調するなど、目先の利益を追う傾向がある。そのため、有機肥料の投入や乾燥設備の導入など、成功の鍵となる投資を専門家のサポートを通して伝えている。

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestのケネス

さらに、MHではコーヒーの収穫期以外にも現金収入を確保できるよう、マカダミアナッツやアボカド、豆類などの作物を提供している他、副収入や食肉となるウサギの飼育、養蜂も指導している。その恩恵は経済面だけにとどまらない。マカダミアの木はコーヒーノキに日陰を作るシェードツリーとなり、豆は土に窒素を固定する。ウサギのふん尿も肥料として活用できるなど、環境面や食糧確保の面でもコミュニティに貢献するのだ。再生農業だけでなく、事業全体の持続可能性を志向している。

業界を底上げすべく、MHは「コーヒーのプロ」の育成にも乗り出した。地元の大学から毎年20人若者を受け入れ、半年間有給でトレーニングを行う。優秀な学生には採用オファーを出すか、他社に推薦している。

「ウガンダにはコーヒーを専門に学べる機関がありません。即戦力となる人材は少なく、自前でプロフェッショナルを育てるしかない。だから私たちが『学校』になっているのです」

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestのケネスが若者に夢を語る

繁栄のためにベストを尽くす

確かな品質と適正な価格、サービスの三つを柱としたMHの経営には、コミュニティに対するケネスの想いが投影されている。その想いは一夜にして形作られたものではない。彼の母は1950年代にルワンダからウガンダ南部に逃れてきた難民だった。身寄りもない異国の地で、一家を温かく包み込んでくれたのが地域のコミュニティだったのだ。

「母には、たとえ血はつながっていなくても、コミュニティで多くの『親戚』ができました。コミュニティのみんなは私たちを差別することなく愛し、成長させてくれたんです。ありのままの自分でいられる場所でしたね」

大学では地域開発を専攻し、卒業後はNPOの道へ。HIVが原因で父親を亡くした少年たちが住むコミュニティで彼らの成長をサポートするプログラムなどを主導した他、社会奉仕や人道的活動に取り組むロータリークラブの会長を務めた。現在も会員として活動している。

「ロータリアンである私は人類への奉仕という視点で、どうすれば良いコミュニティをつくり、経済を繁栄させられるか考えています。経済的な繁栄によって生み出されるチャンスは、人々がコミュニティに留まりたいと思う動機づけになるからです。ナポレオン・ヒルは『思考は現実化する』と言いましたが、今より良い世界を想像すればそれを実現できる、という想いが私を突き動かしているのです」

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestに集結する未来ある若者たち

ニコもまた、MHの仕事にやりがいを感じている。彼女はケネスとともに、バリスタやカッピングコンテストへの出場を薦めてトレーニングに関わったり、誰でも自由に見学できるオープンスペースを開放したりと、成長機会を提供している。誰かが成功することによって、全員が引き上げられると信じているからだ。

「生産者からドライミル、精製のスタッフまで、誰もがコミュニティのために最善を尽くすという考えを持っています。そこには間違いなくパワーが漲っている。才能と意欲がある彼らは、明日のコーヒー業界のリーダーになれる人材です。ただ、機会に恵まれていないだけなのです」

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ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestの生豆02

世界に名を馳せる生産国に

創業当初、ケネスは良質なコーヒーづくりを学ぼうとウガンダ国内のコーヒー会社を訪ねた。だが、結果は門前払い。コロンビアやブルンジ、ケニアなどの生産者が快く農園や施設に招き入れ、知識を共有してくれたのとは対照的だった。現在は訪問を受ける立場になったケネスは外国の生産者が示してくれた“共存共栄”の精神を受け継いでいる。

「私たちはコーヒー輸出会社だとは思っていません。ウガンダのコーヒー生産の現状に立ち向かう会社だと考えています。訪れた人にトレーニングもします。私たちからライバル企業に対して『(カッピングスコアが)86点のコーヒーをどうやって生産しているか見に来てください』と呼びかけることだってできます。国全体で質の高いコーヒーがつくれれば生産者にも適正な対価が支払われますし、ウガンダに対するイメージを変えられますから」

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestの作業風景

この5年間で生産者との関わり方も変わった。当初はMHがコミュニティへ出向いて生産者に声をかけていたが、今ではコミュニティレベルで「一緒に仕事をしたい」と頼まれるようになった。だが、誰でもいいわけではない。商品が基準に至らないと判断した場合は買い取らず、生産者の目の前で分析し理由を伝える。生産者が課題を把握し、品質の改善につなげてもらうためだ。ただしこうした失敗を繰り返した生産者からはコーヒーを買わないと決めている。結果、ピーク時には2000人近くいたパートナー生産者は、800人まで絞り込まれた。

「生産者を選ぶのは、市場に出回っている質の悪いコーヒーとは次元の違うものを目指しているからです。私たちは、変化をするために努力を惜しまない人と一緒に働きたいのです」

以前、有機栽培に関する監査がMHに入り、結果が出るまでの2週間ほどコーヒーの入荷を中止したことがある。だが生産者たちはその間、自分たちのコーヒーを保管してMHの業務が再開するのを待っていた。他に販売する選択肢があったのにもかかわらずだ。

ウガンダでスペシャルティコーヒーを輸出するMountain Harvestの生豆を焙煎

ケネス「MHは純粋に生産者のために存在しています。直近の目標は、カッピングスコアを88点まで高めること。実現できれば生産者の収入を増やし、より多くのコミュニティに還元できるでしょう。ウガンダで成功した暁には、タンザニアに南下して小規模生産者の力になりたい。タンザニアも商業レベルで良質なコーヒーを生産する段階に至っていませんから」

ニコ「私たちは小さくまとまるつもりはありません。私たちの競争相手はコロンビア、ケニア、エチオピアといった名だたる生産国です。ウガンダが高品質なコーヒー生産国の一員となり、コーヒー業界を牽引しているのは生産国の人々だと見られるようになることが究極の目標です」

文・竹本拓也

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