「私にとっての正解を選んでよかった」皆が90%満足できる世界を目指して

Kana Morikawa

2022年4月、新卒で入社して以来、東日本エリアを担当するコミュニティマネージャーとして、ロースターとの関係を構築しながら、コーヒー生豆の流通量の増加に努めている森川佳奈さん。ルールづくりへの興味から大学進学の際は総合政策学部を選択し、その延長線上でTYPICAに加わった森川さんには、幼い頃から変わらない“願い”がある。彼女はなぜTYPICAを選び、TYPICAで何を実現したいのか。その胸の裡に迫った。(文中敬称略)

心の声を無視できなかった

自分の人生において大切にすべきは、仕事なのかプライベートなのか……。就活シーズン真っ盛りを迎えた大学3年の終わり頃、迷いながら就活を進める森川の脳裏には、とある企業の人事担当者に言われた「人生は仕事だけじゃない」という言葉がこだましていた。

最終的に志望先を3社に絞った森川は、もっとも自分を自由に表現できそうで、「週休3日」「どこに住んでもいい」という“超ホワイト企業”から内定を獲得。人生の安心材料を得たことで、揺らぐ心を落ち着かせていた。

だがいくら想像をたくましくしても、その会社で過ごす未来に「幸せな自分」は見つけられなかった。

人生で一番多くの時間を使う仕事が一番楽しくなければ、人生はつまらないんじゃないかーー。そんな心の声に突き動かされるように、森川は就活を再開した。その裏には、会社を経営する父からの「日本にはもう、大企業に入ったら安泰という未来はないよ。これからは個の時代だから、自分のやりたいことを優先しなさい」というアドバイスがあった。

改めて自分自身を見つめ直した結果、森川は「農業」や「食」に照準を定めた。大学では農業政策を研究し、タイやベトナムにおける野菜の流通システムやダイレクトトレードの仕組みを学んでいたからだ。そんな森川にとって、小規模生産者がつくったコーヒー生豆をダイレクトトレードで世界に流通させるTYPICAは理想に近い会社だった。

「世の中に必要とされる仕組みやサービスだと感じたことが一番の志望動機ですが、社風に惹かれたというのも大きな理由です。スタッフの人たちと接して感じたのは、考え方が自由な会社だなということ。各々がまったく違う人格や考え方を持っていて、それが許容されている。わかりやすい例で言えば金髪もOKだったりと、表現の自由が保障されているところが魅力的だったんです」

森川は現在、入社2ヶ月目ながら、東日本エリアを担当するコミュニティマネージャーとして最前線に立ち、新規顧客の開拓、既存顧客との関係深化、といった役割を担っている。

「単に生豆を購入してもらうだけではなく、ロースターさんと価値観や思いを共有する。その過程でベクトルが揃った瞬間、ロースターさんから何かをやりたいという能動性や主体性が湧き出てきたときに私は喜びを感じるんです」

自分で掴んだ「心地よい世界」

そんな森川の原点は、自然豊かな広島県の田舎町にある。両親が早くに離婚し、3歳の頃から母の実家で祖父母や曾祖母と暮らすようになった森川にとっては、実質的な“故郷”にあたる。

だが、人口約9000人ののどかな田舎町は、森川の人生に試練を用意していた。その引き金となったのは、母の仕事の関係で遠く離れた小学校に越境入学したことだ。その学校で待っていたのは、幼稚園や保育園から一緒で、すでに関係性ができあがっている同級生たちだった。

どこか転校生のような気分で過ごす学校生活には、常に孤独がつきまとっていた。一人だけ別の地域に住む森川は母親に車で送り迎えをしてもらっていたため、友達と過ごせる時間は少なく、休日も気軽に友達の家に行くことができない。環境面でのハンデも背負うなかで、森川は引っ込み思案の殻を破れずにいた。

そこへもってきて森川の孤独感を助長したのが、排他的、封建的な学級コミュニティだった。『地主の子どもの言うことが絶対で、特定の価値観以外は認められない』そんな空気に支配された世界に馴染めないまま過ごす学校生活は窮屈で仕方なかった。

現状を打開したいと願う森川が、自分の居場所を求めてイギリスにホームステイしたのは小学校6年生のときだ。現地の学校が夏休みの間、さまざまな国からやってきた子どもたちと交流するプログラムに参加したのである。

「みんな違うのが当たり前という環境で、自分の意見がひとつの意見として尊重してもらえたことがすごく心地よかったんです。もちろん喧嘩もしたけれど、意見をすり合わせられること自体がうれしかったですね」

生まれてはじめて水が合う場所を見つけた森川は結局、中学校を卒業するまでに4回、同じホームステイプログラムに参加した。

イギリスで自信を得たことで、森川は変わっていった。それまで「勉強しかできないじゃん」とからかわれた際に泣いていただけの少女は、勉強する理由を主張し、「お前に何か迷惑をかけたのか」と言い返す強さを身につけていた。自分を下に見てきたクラスメイトとも対等な関係性を築けるようになったが、それはあくまでも生きるために体得した“技術”だった。中学校を卒業するまで、心の深いところでつながる友は得られなかった。

「人間関係での悲しみや落胆、失望は、人に期待するからこそ生まれるもの。だから私は、自分を守るために『諦めること』を覚えたんです」

それでも、胸には希望が宿っていた。一歩外に出れば、自分に合う世界を見つけられる。イギリスでそう実感した森川は、地元の高校という既定路線を選ばず、広島市内の高校の国際コミュニケーションコースという独自の道を切り拓いていた。

「同じクラスメイトとずっと一緒だった高校3年間を通して知ったのは、自分から行動を起こせば、出会いたい人に出会えるということ。幼馴染と遊ぶまわりの人たちが羨ましいという気持ちはいつの間にか消えていたんです」

両親は高卒で、同級生は中卒、または高卒で就職して早くに結婚する。それが「普通」とされる世界で、大学に進学した森川は異色の存在だった。

「自分で推薦を取った高校しかり、アルバイトをしながら浪人して受かった大学しかり、自分の人生は自分で選び取ってきた感覚があります。『私の代わりになってくれる人は誰もいない』というのが私の座右の銘です。人間、生まれてからは自分で生き方を選ぶしかない。自分自身のことを一番よく見ているのは自分なのだから、それが一番自然だし、楽しいと思っています」

幼馴染と呼べる友もいなければ、地元への愛着や郷愁もない。そしてロールモデルとなるような存在もいない。拠りどころを持たない森川にとって、“居心地のよい世界”は自分で掴み取るしかないものだった。

「昔も今もどこかに根を下ろすみたいな感覚はまったくありません。自分の身一つあれば生きていく場所はどこでもいいんです。ただ、正解を示してくれる人は誰もいなかったけれど、その選択を認めて、応援してもらえたのはありがたいこと。父も母も自営で好きなように生きていたので、必然的にそうなったんだと思います」

お互いに触発し合える関係を

そんなバックグラウンドを持つ森川にとって、TYPICAは誰かに“居心地のよい世界”を提供するための手段でもある。

コーヒー生豆の新しい流通システムを構築しているTYPICAは、世の中に新しいルールやスタンダードを浸透させていくプラットフォームとも言える。いわば世の中を変えていく仕組みづくりに関わりたいという思いも、森川がTYPICAに入社した動機のひとつだった。

「一人っ子で、転校生みたいな感覚で学校生活を送っていた私には、『みんな赤の他人』という前提があります。たとえば兄弟姉妹や幼馴染だったら、うやむやに終わらせられることでも、他人であればそうはいかない。自分も相手も楽しい世界ってなんだろう、どこが落とし所なんだろうと考えながら関係を築くことが自然と習慣化したんでしょうね」

人それぞれの違いを尊重したうえで、お互いが納得できる落とし所を導き出すプロセスなくして次のフェーズには進めない。そんな確信めいた思いの種を森川のなかに蒔いたのは両親だった。

180度違う価値観を持つ韓国人の父と日本人の母は、森川が一歳のときに離婚した。父とは離れて暮らすようになった森川にとって、母に連れられて年に一度、父と顔を合わせる機会は楽しみの一つだった。

相容れない二人にとって、森川は架け橋のような存在だったのだろう。自身を介して、両親が互いに歩み寄ろうとしている瞬間が、森川は大好きだった。たとえ元の関係に戻ることは永遠になかったとしても、そのときだけは“家庭”を手に入れられた気がしたからだ。

「私の理想は、皆が90%満足している世界をつくること。高校卒業後、総合政策学部への進学を決めたのも、落とし所のなかで一番分母が大きい政策づくりに関わることで、満足度の総和を増やせると考えていたからです。

その点、TYPICAは“違い”に溢れているコミュニティです。扱っているコーヒーも、それを購入するロースターさんのニーズも本当に個性があって多種多様。TYPICAはそれらを受け入れながらも、関わる人たちとともに同じ方向に向かって進んでいこうとしています。

私は、TYPICAを触媒として皆が主体的、自発的になり、ロースターさんが私たちの想像以上の未来を描いている状態をつくりたいんです。それぞれの中から自ずと湧き出てきたアイデアや意見に触発されながら、お互いに高め合える関係って素敵じゃないですか。皆が納得するルールがあったうえで、ルールに縛られない部分に人が頭を使うのが理想的だと思っています」

邪念に惑わされない人生を

前例のない取り組みを推進するTYPICAでの仕事は自由度が高い代わりに、相応の成果を求められる厳しい側面もある。用意されたものなど何一つないような環境で自分を活かすために欠かせないのが主体性だ。

「毎日、予想できない展開の連続なのでスリルを味わえるし、挑戦しがいがあります。もちろんKPIや販売実績といった正解はあるけれど、それを達成したときに見える世界の正解は誰も知らない。自分で正解を創っていけるワクワク感がこの仕事のおもしろさだと感じています」

かく言う森川だが、楽天的でもなければ、向こう見ずでもない。むしろ「極度の心配性」だという。

「仕事は準備が99%だと思っているので、万全な準備ができてないと不安でたまりません。予測できない事態が起こるのは仕方ないにしても、予測しうることには100%対応できる状態をつくっておかないと落ち着かないんです。問題が起きたときに、あのとき手を打っておけばと思うのが嫌なんですよね」

森川に準備の大切さを教えたのは、3歳から15歳までやっていたエレクトーンだ。コンクールで賞を獲れたときと獲れなかったときでは、準備の仕方に明確な違いがあると気づいたのだ。

「練習量が足りないと、演奏中に指が止まったらどうしようといった邪念が浮かんできて、それが結果に響いてしまう。本番でいい演奏をするには、邪念が浮かぶ隙もないレベルまで練習を繰り返すしかないんです。

そう考えると、就活のときは邪念に惑わされていたんでしょうね。もし仕事が楽しくなかったら、私はどこから充実感を得ればいいのだろう……。そんな不安が先立っていたから、『早く就職先が決まるのが正義』、『人生は仕事だけじゃない』という価値観に流されていたんだと思います。当時の私にとって、プライベートや趣味を楽しむ時間は、一種の“保険”だったんです」

だが森川は自分を騙していることをわかっていた。そうじゃない、その道を選ぶべきじゃないと叫ぶ別の自分がいることに早くから気づいていた。

「不安自体は決して好きなものではないけれど、不安があるから動き出せるし、スリルを味わえるもの。私はずっと不安に負けないように闘い続ける人生を生きてきたのかもしれません」

心の声に従って選んだTYPICAで働き始めてから1ヶ月。誰かが決めた正解に流されることなく、自分にとっての正解を選んだ森川は今、邪念とは無縁の日々を送っている。

「脳みそを休ませる暇がなく、全力を出せるところに幸せを感じています。正解のない世界でどう行動を起こし、どう成果に結びつけるか。それを考え続けるなかで、脳みそのシワはどんどん増えていっている気がするんです。

逆に言うと、そこまで自分のエネルギーを注ぎ込めるものがないと生きていて物足りないんでしょうね。私が今後、無意識にマッチングアプリをスワイプし始めたときは、人生を考え直すべきタイミングなんだと思います(笑)」

写真:Kenichi Aikawa

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