「目の前のことに全力で関われていたらそれでいい」バックオフィスで続ける自分との“闘い”

Akiyo Azuma

大学卒業後、交渉によって魚の値段を決め、売買する卸売市場の仲卸会社で10年間働いたのち、「もっと高みを目指したい」と転職。バックオフィスの責任者として、「実現しそうもないことを次々と実現させていく」TYPICAで後方支援を担う東明代の物語りとは。

絶対負けない自信があった

2019年夏。1年ほどかけて転職先を検討していた東は、何十社と見てきてはじめて「ここで働いてみたい」と思える会社と出会う。

「会社説明会に参加して感じたのは、代表(後藤)が高みを目指して進んでいる人だということ。こういう会社で働けば、自分も一緒に高いところに登っていけるだろうと思って転職を決めました」

面接では、仕事をやれるのか、やり遂げられるのか、覚悟を問うような質問に対し、「やってみないとわからないから、今できるかどうかなんてどうでもよくないですか? ここにいる人たちに負けない自信はあります」と答えたという。

「自分という商品を売り込むわけだから、他の人とは違うところや他の人に勝てるところを訴求するのがセオリーだろうと考えていました。これまで1社でしか勤めたことがなく、経理の経験があったとはいえ業種は違う。たしかに現時点では負けているかもしれないけれど、コツコツ真面目に積み上げていける自分なら、数年後には勝てる自信があったので、そこを買ってもらいたかったんです」

バックオフィス次第で、会社の業績は変わる

2019年9月。東が入社したのは、会社が新しく生まれ変わるタイミングだった。さまざまな問題が起こったためにひとつの部署を解散した後、バックオフィスに残ったのは10年以上一緒にいる後藤(社長)と山田だけ。そこに加わった東が目指したのは、ふたりの「当たり前」を一日でも早く、自分の「当たり前」にすることだった。

それからしばらく経った今、6人いたメンバーが3人に減ったにもかかわらず、会社の業績が大きく伸びたことについて、後藤はこう振り返る。

「東は能力が超越的で、気迫に満ちている人。バックオフィスを立て直す山田とサービス部門を立て直す僕をサポートして、完璧な結果を生む扇の要になってくれました。一時はひとつの事業をたたむことを検討するほどだったので、彼女が入ってこなければ会社を立て直せなかったと言っても過言ではありません」

山田が別部門に移るため、いずれは自分が管理部門の責任者になる、という前提で東は入社した。広告や総務、労務など、バックオフィス業務全般に携わっている今、山田と分担し、補い合いながら仕事を進めているという。

「バックオフィスの働き方次第で、会社の業績は変わると思っています。ただ単に経理などの業務をこなすだけではなく、フロントオフィス部門にいる人たちが働きやすくなる環境を整えることで、新たな価値が生まれやすくなるからです。

今はまだ、会社の成長についていくのに精一杯ですが、私たちの後方支援によって会社の売上が上がったり、可能性が広がったりすれば、価値ある仕事だと実感できるはず。そんな私たちに『ありがとう』と言ってくれるスタッフがそろっているのが当社の魅力です」

そんな東をそばで見てきた山田は言う。

「相手が何を求めているかを考えながら、行動に移せる人。問題が起こらないように先回りして動いたりと、仕事に妥協しない姿勢がすごいなと感じています」

結局は自分次第

東には、常日頃から戒めとしていることがある。

「慣れって怖いと思うんです。慣れてきたと感じて気持ちがたるんだ瞬間、絶対にミスは起こるので、その瞬間は今だといつも思って日々を過ごしています。私が一番嫌いなのは、中だるみすること。たとえ毎週やっているルーチンワークでも、同じ間違いをしないように工夫したり、確認を徹底したりするなど、プラスαを考えて動いています」

そんな東からは、みなぎるような緊張感が漂ってくる。

「姉から『何とそんなに闘って生きてんの?』と言われたことがあります。ビーズの手工芸をやっている姉に、1列を何分で完成させられたのかを訊くと『そんなん測ったことない。きれいなと思ってやってるだけ』との返答が。そこで『次の一列は1分でも速くしようと思えへんの?』と言ったら、『あんたは何と闘って生きてんの? いいやん、楽しくやったら』と言われたんです(笑)」

東にとって、そういう生き方は子どもの頃から当たり前だった。関西大学や近畿大学への進学者が多い公立高校時代、学内偏差値80を維持するなど、成績はダントツで1位。教師からは「授業を受けなくていい。授業中でも、自分がやりたい問題集をやったらいいよ」と言われたり、「まわりの子に教えてあげて」と頼まれたりするのが日常だった。

「誰かと競うというより、自分と闘いながらコツコツ勉強しているような感覚でした。そもそも私は、まわりがどうかということには、あまり興味がありません。だから『ガラが悪い』と言われるような学校に行っていたとしても、同じような結果を残せたと思っています」

実際、大学時代に家庭教師として教えていた生徒やその保護者にはこう話していた。

「高校なんてどこに行こうと一緒です。大事なのは、どうやって自分に負けずに勉強するか。それができれば、まわりで勉強しない人がいようと寝ている人がいようと、成果は絶対についてきます」

東のものさしは、常に自分自身の中にあるのだろう。高校時代、京都工芸繊維大学のデザイン経営工学部を志望していることを親に話すと、「あんたの成績やったら京大とか行けるんやから、そんなところ行かんとき」と反対された。だが、「大学は勉強しに行くところ。自分がしたい勉強をするのが正しい大学生のあり方だと思っていた」ので、ブレることなくそこに入学したという。

大学卒業後、卸売市場にある仲卸会社で10年間働いたのも、自分がおもしろいと感じたからだ。

「スーパーとちがって値段が決まっていないので、交渉によってその場その場で値段を決めて魚を売り買いする。そんな駆け引きの世界に魅力を感じたんです。経理の仕事がメインでしたが、社員が少なかったこともあり、手が足りてないところをサポートするために仲買人がやるような仕事もしていました」

そんな東にも“不本意”な時代があった。日記を通して1年間を振り返り、自分の人生を見つめ直したとき、代わり映えしない一年を過ごしたことに悶々とするような状態が2年ほど続いたという。

「当時は、するかしないかよりも、何かをしないといけないという気持ちばかり先走っていたせいで、迷子になっているような感覚だったんです」

その原因は、行動を起こしていないからだと自覚した東は、思い立ったら即行動することを習慣化していった。

「◯◯に行きたいなという願望のままで終わらせず、行くと決めて動く。忙しいからという理由で先送りせず、やると決めて動く。そう習慣づけていった結果、気持ちも明るくなり、手応えがある1年間を過ごすことができたんです。成長するもしないも、自分の考え方や習慣ひとつで変わると改めて思いましたね」

全力で関われていたらそれでいい

かくいう東は、何を目指しているのか?

「入社説明会で後藤から『幸せですか?』と問いかけられたことが印象に残っています。各国のコーヒー生産者の暮らしを守りたいという想いで取り組んでいるTYPICAの目指すところ。

自分たちで天井を決めず、高みを目指し続けるパワーがTYPICAにはあるので、そのパワーをフルに発揮できるようにバックオフィスからサポートしていきたいなと思っています。今後、新しい人が入社してくるので、土台を広げていくことが、今の私の役目です。

状況に応じて自分のやるべきことは変わっていくので、長期的な目標は特にありません。一番大事なのは、変わらずにやりたいことを突き詰めること。その状態を継続すれば、結果はおのずとついてくる。つまるところ、無限大に広がっていくものの一部に自分が全力で関われていたら、それでいいんですよね」(つづく)

取材・文:中道 達也

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