TYPICA GUIDE
EMBANKMENT Coffee エンバンクメントコーヒー / 上田 真也

EMBANKMENT Coffee

エンバンクメントコーヒー / 上田 真也

「知らないなんてもったいない」シングルオリジンを全力で推すバリスタがコーヒーを通して伝えたいこと

大阪にある「Elmers Green Cafe(エルマーズグリーンカフェ)」の姉妹店として、2017年10月に開店した「EMBANKMENT Coffee(エンバンクメントコーヒー)」。高品質なシングルオリジンの個性を引き出すスペシャルティコーヒーを強く推す店として、大阪のスペシャルコーヒー業界を牽引してきた。同店で焙煎も抽出も担当しているが、「自身の根っこはバリスタ」だという上田真也さんに話をうかがった。 ※文中敬称略

大阪のコーヒーロースター:EMBANKMENT Coffee(エンバンクメントコーヒー )の写真01

コーヒーと過ごした青春時代

コーヒーの世界への扉が開かれたのは突然だった。高校3年のとき、大学や専門学校が集まる進学相談会で、カフェで働く人材を養成する調理専門学校と出会ったのだ。

とはいえ、はじめから興味があったわけではない。むしろ「3校の話を聞けば、図書カード1枚プレゼント」という特典にしか目が向いていなかった。

だが、図書カード以外の収穫はないまま会場を出ようとしたときだった。受付にいた担当者から「あと1校だけ話を聞いたら、図書カードをもう1枚あげる」と声がかかった。そこで足を向けた1校こそ、その調理専門学校だったのだ。

「話を聞いて興味が湧いたので、体験入学に行くと、講師を務める現役のチャンピオンバリスタがラテアートの淹れ方などを教えてくれました。その立ち居振る舞いも出来上がった“作品”もすごくかっこよくて、すっかり虜になったんです」

大阪のコーヒーロースター:EMBANKMENT Coffee(エンバンクメントコーヒー )の写真02

その日のうちに進路を定めた上田は、入学後まもなく、自身の選択が正しかったと実感する。

「現場で活躍している2、3人の講師が週2、3回のペースで来て、最新の情報や現場でのリアルな仕事について教えてくれるのは大きかったですね。授業内で抽出を実践できる機会も多く、学校の設備を自由に開放してくれていたので、存分に練習することもできました。こんなに何かにのめり込んだことは人生ではじめてだったんです」

そんな上田にとって、抽出技術を競い合うJBC(ジャパンバリスタチャンピオンシップ)は、いわば高校球児にとっての甲子園だった。選んだコーヒーの魅力を審査員らにプレゼンしながら抽出する。一発勝負の舞台に向けて練習を積み重ねた末に出した「40/160位」という結果は、学生にしては上出来だった。

「例年女の子が多いコースなのに、僕らの年だけ男が約7割と体育会系の男子校のような雰囲気がありました。コーヒー熱が冷めることのないまま、充実した2年間を過ごせたのは、休みの日も友達と一緒に練習したり、コーヒー屋を巡ったりして、切磋琢磨できたからだと思います」

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大阪のコーヒーロースター:EMBANKMENT Coffee(エンバンクメントコーヒー )の写真03

実を結んだ未来への投資

“青春”を謳歌した専門学校卒業後、上田は地元・岸和田で立ち上げ間もないカフェに就職。学生時代のように、一心にコーヒーの味を追求することだけにエネルギーを注ぎ込めないことにもどかしさを感じながらも、休日はコーヒーセミナーに参加したり、コーヒー屋を巡ったり、ラテアートの技術を競う大会に出場したり……。稼いだ給料は、スキルアップのための投資につぎ込んだ。

「そのカフェではバリスタとしての通常業務だけでなく、新しいドリンクメニューの開発も任されていたので、コーヒーカクテルやスムージー、インスタ映えするアレンジラテなどのアレンジドリンクを考えて商品化していました。本当にやりたいことではなかったけれど、自分の武器は多ければ多いほどいいと思って取り組んでいましたね」

そんな上田に母校から、「講師をやってくれないか」と声がかかったのは、卒業後3年目の冬だった。23歳からアシスタントとして2年ほど経験を積んだ後、講師として授業を担当したのは歴代最年少だったという。

「学生時代、大会に向けて自主練習に励んでいたところや、誰に頼まれずとも後輩にアドバイスを送っていたところを職員の人が評価してくれたのかなと。2021年3月まで、週2回のペースで4年間務めさせていただきましたが、カフェで自分の武器を増やしていたことも生きたなと思います」

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選んだ方向は間違ってなかった

上田が母校で講師の仕事を始めた2017年4月は、エルマーズグリーンカフェに転職したタイミングでもある。

「客として通っていたとき、そこで焙煎されているコーヒーはおいしかったけれど、店で淹れたコーヒーを飲むより、豆を買って自分で淹れた方がおいしいとも思っていたんです」

自分がこの店に入ってもっとおいしく抽出してやろう。そんな“野心”を秘めて入社した上田は、オープン間もないなんば店で、「おいしいコーヒー豆」を焙煎していた青野(現・aoma coffee店主)と出会い、抽出を任されることになる。

その後、青野から『一緒にやらないか』と声をかけられたのを機に、上田はエンバンクメントコーヒーの立ち上げに携わる。エンバンクメントコーヒーは、「コマーシャルコーヒーのブレンドが支持されている大阪で、シングルオリジンのスペシャルティコーヒーに特化した店なんて受け入れられないよ」という声が社内からあがるなかでも、青野が意志を貫いてオープンさせた店でもある。実際、上田自身も不安に思うところはあったが、そんな気持ちはもう、1年後には影も形もなくなっていた。

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「お客さんから『酸味のないコーヒーをちょうだい』と言われて、『僕たちはあえて酸味や甘味があるフルーティーなコーヒーを出しています。一度試してみませんか?』とシングルオリジンのスペシャルティコーヒーの魅力をプレゼンする。

そんなやりとりは多かったですし、今もよくあるのですが、どのお客さんもコーヒーを残さずに帰っていくのを見ていると、ちゃんと説明すれば意外と受け入れられるんだ、僕たちの選んだ方向は間違ってなかったんだと自信を持てたんです。

もっとも、お客さんには選択肢がないので、そういうスタンスじゃないとやっていけないというのもありますね。『苦いコーヒーは置いてなくて……』と弱気な態度をとるのなら、この店をやる意味はないのかなと。

店に足を踏み入れた時点でお客さんは何かしら興味を持っているはずなので、生産者のストーリーや味の多様性といったシングルオリジンのスペシャルティコーヒーの魅力を伝えて、僕たちの世界に招き入れるようなアプローチが大切だと思っています」

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2020年に青野が独立して以来、上田はエンバンクメントコーヒーの味を引き継ぐべく、焙煎も担当するようになった。

「青野さんと過ごした3年間で焙煎の良し悪しを見分けられるようになったとはいえ、自分でやるのは勝手が違います。今も手探りですが、青野さんが残してくれたものを引き継ぎつつ、自分なりの焙煎を見つけていきたいなと。

ただ、僕にとって、世界で一番おいしいコーヒーを焙煎する人は青野さんだということは変わりません。自分で焙煎するようになってからは、よけいにそのおいしさがわかるようになったんです」

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いいものをみんなで共有したい

図書カードをきっかけにコーヒーと出逢って約10年。コーヒーへの想いは変わらないなかで、「ジャパンバリスタチャンピオンシップで優勝したい」という“野心”が消えたのはいつだったろう。

「ここで働くようになって、ホテルマンやバーテンダー、ソムリエなど、違う世界の人との接点が増えたことは大きいでしょうね。今は、コーヒーを飲んで、食に対する感性が揺れるような体験をお客さんに提供したいと思っています」

入社4年目を迎えた今、会社のコアメンバーとしてヘッドバリスタを務めつつ週3日は焙煎を担当している上田だが、いずれは独立することも視野に入れているという。

「焙煎のおもしろさも感じていますが、やっぱり自分の根っこはバリスタなので、自家焙煎を売りにするロースターにはしないだろうなと。スペシャルティコーヒーと親和性の高い、生産者さんの顔が見える食材やお酒などを通して、豊かな“食体験”を届けられる店をつくりたいと思っています」

生産者の顔が見えるスペシャルティコーヒーに携わるようになってから、上田はプライベートでも「口に入れるもの」にこだわるようになった。食品表示ラベルを見て商品を選ぶのはもちろん、有機栽培の食材や添加物が少ない食材を八百屋を営む知人やネット通販を通して購入しているのだ。

「高価なものを買う、豪快に遊ぶ、といった贅沢はできなくても、ナチュラルワインを皆で飲む、おいしくて安心な野菜を必要なぶんだけ食べるといった贅沢を楽しめたら、きっと暮らしは豊かになると思うんです」

大阪のコーヒーロースター:EMBANKMENT Coffee(エンバンクメントコーヒー )の写真08

2020年にコロナ禍になり、2ヶ月ほど店を休業していた際、上田はYouTubeでおいしいコーヒーのレシピや淹れ方などについて発信を始めた。SNSも含めてコーヒー業界の人やコーヒー好きの一般人と新たなつながりが生まれたことで、視野は広がったという。

「僕がハブになって人と人をつなぎまくりたいという気持ちが芽生えました。シンプルに言えば、いいものをみんなで共有したいんです。結局、この店でシングルオリジンのスペシャルティコーヒーを推しているのも、『こんなにおいしいコーヒーがあると知らないのはもったいない』『合わなければそれでいいから、とりあえず一杯飲んでみてよ』と強く思っているからなんです」

人前に立つバリスタは “魅せる人”のようでいて、本質的には “伝える人”だ。上田が発するメッセージは、これからも「まだ扉を開いていない誰か」の感性を揺らしていくのだろう。

文:中道 達也

MY FAVORITE COFFEE人生を豊かにする「私の一杯」

同じ志を持つ友人のコーヒー屋をローテーションでまわるのが休日の日課です。仲間が淹れてくれたコーヒーを飲んでいるときほど、幸せを感じる瞬間はありません。コーヒーを通して思いを共有できている気がして、とても心が落ち着くんです。

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[営業時間]
Weekday12:00〜18:00 Weekend,Public holiday9:00〜18:00