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2021.06.12

El Salvador

エルサルバドルという国

中米七カ国の中で最も小さい国、エルサルバドル。その面積は九州の約半分と同じだという。グアテマラとホンジュラスの間に位置し、火山や湖が点在しており、サーフスポットとして有名なビーチもある。天然資源に恵まれず、サトウキビやコーヒーなどの農業が主な産業だが、穀物などの食料は自給できず輸入に頼っている。自然森林はほとんど失われており、森林の約80%は植樹である。多くのエルサルバドル人はアメリカに出稼ぎに出て、アメリカからの送金で家族を養っている。英語教育がさかんに行われ、米ドルがほとんど通貨として使えるなど、中米の中でも比較的親米と言われる国だが、大国に依存せざるを得ない弱さがあるとも言える。

エルサルバドルは長い内戦の歴史とともに、1998年にハリケーン、2001年に二度の大地震と立て続けに自然災害に襲われた。それは国民に直接的な被害を与えただけでなく、治安の悪化をもたらした。内戦や自然災害から逃れるため、多くのエルサルバドル人がアメリカに渡ったが、彼らの多くは不法移民で、強制送還させられた。その人々の一部がロサンゼルスのギャングカルチャーを持ち帰り、エルサルバドルにギャング集団(マラス)が形成された。エルサルバドルの治安は悪化の一途をたどり、一時は殺人発生率が世界一位という状態にまでなった。

その状況を大きく変えたのは、若き大統領ナジブ・ブケレ氏である。彼は次々と新たな政策を打ち出し、結果的に殺人発生率は一年で半減したという。そのほかにも、彼はつい先日、世界で初めてビットコインを法定通貨に採用するという大胆な政策を打ち出した。GDPの約20%がアメリカからの送金、また国民の約70%が銀行口座を持たないというこの国で、この政策は経済に大きな影響を与えるだろう。このニュースは私に「エルサルバドルはミレニアル世代の感性とテクノロジーで一発逆転するかもしれない」という少しの期待感を抱かせた。

「かつて殺人発生率が世界一だった」と聞くと恐ろしく感じるが、実際のエルサルバドルはのんびりとした雰囲気が漂っている。首都サンサルバドルから第二の都市サンタアナを車で走ったが、中心部はスターバックスやバーガーキングなどアメリカのチェーン店が立ち並び、それを過ぎれば田舎の風景に切り替わる。キュレーターのアレハンドロは「危険なのは特定のエリアだけだよ。どの国もそんなエリアはあるはずだ」と言っていた。

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エルサルバドルのコーヒー生産

コーヒーはエルサルバドルという国の明暗を大きく分けてきた。1880年代頃からインディゴ(藍)に代わりコーヒーが主要な農作物になったが、1930年代の世界恐慌によってコーヒーの価格が下落し、貧困に喘いだ農民の不満が爆発して、1932年に大規模な農民蜂起(La Matanza)が起こった。この闘争によって1〜4万人が命を落としたという。その後コーヒー生産は没落したが、1970年代からヨーロッパ移民がコーヒー生産を再興し「14家族(Catorce Familias)」と呼ばれる寡頭支配層に発展した。彼らはコーヒー生産によって大きな富を得て、ほとんどの農地を支配し、農村部の小規模生産者は労働者と化した。この不満が引き金となって、エルサルバドル内戦が起こる。聖職者を中心とした農民解放をうたう左派と「14家族」の資金援助を得た右派が争ったこの内戦は、1992年に国連によって和平合意が成立するまで十年以上続いた。

内戦の傷跡は深く、追い打ちをかけるように自然災害に襲われ、エルサルバドルのコーヒー生産は減少し続けている。2019年に発表されたワールドコーヒーリサーチのレポートによると、減少し続けやがて消えてしまう可能性がある生産国の一つとして、エルサルバドルが挙げられている。

しかしながら、エルサルバドルのコーヒーは、かけがえのない独特の魅力がある。内戦によって国が閉じられたこともあり、ブルボンなどの純粋な品種が多く残されている。また、パーカスとマラゴジッペの交配種であるパカマラ種はエルサルバドルコーヒー研究所(ISIC)によって生み出された品種で、素晴らしいフレーバーと質感を備えている。かつては世界四位の生産量を誇った自然環境や、「中米の日本」と例えられる人々の勤勉さや忍耐強さは、コーヒー生産地として大きなポテンシャルを秘めている。

私たちは弾圧された歴史を持つ小規模生産者とともに歩むコミュニティのリーダー、アレハンドロとパートナーシップを結び、新たなエルサルバドルのコーヒーの商流を生み出そうとしている。それがエルサルバドルの未来にポジティブな影響を与えると強く信じている。

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